第2章

「それで……三嶋さんは、何て言ってたんだい……?」
 暗がりの中、キャンドルの向こうで麻耶が陽炎となって揺れている。
「どーもこーもないわ。まるで取り合ってくれないの。『あんたには関係ない』だとか『こっちの勝手でしょ』だとか……。今まで、何でも話し合ってきたのに……」
 女の友情は紙より薄い(嫌な言葉だ)なんて言うけど、静香にとってもわたしはその程度の存在でしかなかったのだろうか。
 急にそんな感情が胸の奥から湧き上がって、柄にもなくわたしは静香に食い下がってしまった。
 わたしの言い方は、かなり刺々しいものになっていたと思う。残念だけど。
 二人とも、一度頭に血が上ったらなかなか冷めないタチだ。
 あとはもう、お定まりのパターン。
 お互いに罵り合って、三行半を突きつけたのは……果たしてどちらが先だったか。でも、どっちが先だっていい。わたし達は…………、絶交してしまったのだ。
「……後悔……しているね」
 麻耶にそう言われて、わたしはきょとんとした。
「違うかい……?」
 わたしはちょっと迷ったが、素直に首を横に振った。
「後悔してるわ、喧嘩したこと……。友達なんだもの。焦ったりしないで、話を聞いてあげるべきだった。あの娘にだって言い分があったかもしれないんだからね……」
「そうか、それを聞いて安心したよ。姉さん、ひとつ訊いておきたいんだが、三嶋さんはどうして武術を……?」
「ああ、あの娘が趣味でやってるヤツ? さあ……。わたしの趣味が乗馬だって話をしたら、『じゃあ、あたしは格闘技だね』って言って、勝手に始めちゃったのよ」
「馬術に武術……なるほど……そういうことか」
「そういうことって?」
「その前に、ちょっと失礼するよ……」
 そう言い残すと、麻耶はどこかへ行ってしまった。

 しんと静まり返った店内で、残りのアイス・ティーを飲んでいると、グラスが空になる前に彼女が戻って来た。
「おや」と、わたしは思った。
 麻耶から甘い香りがする。香水でもつけてきたのだろうか。
「話の続きをする前に、まだ言ってなかったことを言っておくよ」
「なに?」
「……お誕生日おめでとう、姉さん」
 あ……っ!?
 そうだ。あれこれあって、すっかり忘れてた! 今日、6月19日はわたしの誕生日じゃないかっ!!
「ありがとう、麻耶。わたし、自分の誕生日も失念してたわ」
「自分の……だけかい?」
「え?」
「三嶋さん……彼女も同じ日じゃないのかい?」
「どうして知ってるのっ!?」
 麻耶の言うとおりだ。
 三嶋静香の誕生日も、わたしと同じ6月19日。
「なに、簡単なことだよ。彼女の言っていた『あたしは格闘技だね』という言葉……。そして、シトリンとクリスタル。この二つが、すべてを物語っているのさ……」
 何のことやらさっぱりだったので、わたしは麻耶が続きを語るのを待った。
「6月19日は、双子座だね。双子座は、主に二つの星からなっている。α星のカストルと、β星のポルックスだ。……神話の世界では、双子の兄であるカストルは馬術に秀で、弟のポルックスは武術に秀でていたそうだよ」
「馬術に武術……?」
「そう……。まるで、姉さんと三嶋さんのようじゃないか? だから、ピンときたんだ。姉さんと三嶋さんは、誕生日が同じなんだって」
 そんなことから、誕生日まで推理するなんて……。わたしは、麻耶の洞察力に驚かされた。
「……彼女は、大好きな姉さんと自分を神話の兄弟になぞらえたくて、武術を始めたんだろうね。けど、もう一つあるんだ。カストルは白色の星で、ポルックスは黄色の星……これが何を意味するかわかるかい……?」
 もうここまで来れば、わたしにもわかる。
 カストルがクリスタル。ポルックスがシトリン。彼女は、二つの宝石を星の色に見立てたのだ。
 つまり、静香がわざわざ宝石店でクリスタルとシトリンを買ったのは……。
「そうだね。理由は、直接訊くといい……」
 と、麻耶は私の方を見て言った。
 ……いや、正確には、わたしの背後。
 身体ごと振り返ると、そこに立っていたのは…………三嶋静香だった!
「どうして、静香がここにっ!?」
 そう言おうとして、わたしは気がついた。
 さっき、麻耶が席を立って戻って来た時……彼女から甘い香りがした。あれは、電話ボックスの近くに活けられているフリージアの香りだ。
 つまり、麻耶が電話して彼女を呼んだのである。
「私は……席をはずすよ」
 麻耶は、店を出て行った。

 わたし達は見つめ合ったまま、どう切り出していいものやら思案してしまった。
 そりゃそうだろう。あれだけ大喧嘩した後で、かける言葉を簡単に見つけ出せるほど、わたし達は人生経験を積んでない。
「これ、誕生日プレゼント」
 静香が、ぶっきらぼうに小さな箱をわたしに渡した。
「ありがとう。開けていい?」
 中身は確認するまでもない。何が入っているかは、すでにわかっている。
 表面がビロードで覆われている小箱を開けると、そこには綺麗に磨き上げられたクリスタルが入っていた。
「静香、これ……」
「本当はね、自分のお小遣いで買おうと思ってたのよ。でも、さすがに本物の貴石となると高くてね。叔父さんにカンパしてもらったんだ」
 瀧が見た男の人っていうのは、叔父さんのことだったんだ。
 良く考えればわかりそうなものなのに、先入観が先行して、わたしはとんでもない勘違いをしてしまったらしい。
 静香は、宝石を買った理由を話さなかったんじゃない。今日の為に話せなかったんだ。
「ごめん、静香。わたしが勝手に勘違いして、迷惑かけちゃったね」
 わたしは素直に謝った。
 未だかつて、これほど素直に謝罪の言葉が出てきたことがあったろうか。
 けど、彼女は何も言わず、わたしの前へグーにした手を差し出す。そして拳を開くと、そこには同じようにカットされたシトリン……黄水晶が乗せられていた。
「知ってる? 6月19日の誕生石は水晶なんだよ」
 知らなかった。
「あたしがポルックスで、あんたがカストル。……神話みたいに、ずっと仲良しでいられるといいね」
「……うん」
「誕生日おめでとう」
「あんたこそ……」
 わたしが言うと、静香は笑った。
 わたしは、なんだか情けないような嬉しいような複雑な気分になって……それでも口元は笑っていた。瞳の端っこに、ほんの少しだけ涙を浮かべながら。

 ♪ ♪ ♪ ♪

 お店の前で静香と別れると、外はもう夜の帳が下りていた。気の長い初夏の太陽も、もう眠りにつく時間だ。
「話は……済んだかい?」
 どこからともなく麻耶が現れた。
「うん。ありがとう麻耶。わたしの方がお姉さんなのに、いつも助けられてばかりだね」
「お互い様さ……。ところで、姉さん。仲のいいカストルとポルックスが、その後どうなったか知ってるかい……?」
「ううん」
「カストルはね、戦乱の中で死んでしまうんだ」
「えぇ―――――っっっっ!!??」
 それって、わたしが死んじゃうってことっ!?
「けれど、弟のポルックスは不死で死ぬことはない。兄の死を嘆き悲しんだ彼は、大神ゼウスに頼んで不死を解いてもらい、二人仲良く天の星になった……そういうエピソードがあるんだよ。『あなたが死んだら、私も死にます』そういうメッセージを、三嶋さんはそのクリスタルの中に託しているのかも……しれないね……」
 わたしは、手の中で透明な輝きを放っているクリスタルを、まじまじと見つめた。
 こんな小さな石の中にも、人はいろんな想いを込めている。それが人に勇気を与えたり、希望を繋げたりする。
 わたしは今回のことで、大切な親友への想いを再認識させられたように思う。

「さぁ行こうか、姉さん」
「どこへ?」
 と、わたしが言うと、彼女はちょっと不機嫌な顔になった。
「決まっているじゃないか……私たちの家だよ。姉さんの誕生パーティー……やらないとでも思ったのかい?」
 うあぁっ!! わたしはまた、なんてそそっかしい発言を……。
「行こう、行こう! こんなに遅くなって、みんなに怒られちゃうわっ」
「瀧くんあたりは、我慢し切れなくて料理を食べてしまっているかもしれないね」
 それでもいい。今なら、何でも許せる……そんな最高の気分だった。
「姉さん……もし姉さんが死んだら、私も……その時は…………」
「え、何か言った?」
「……いいや、何でもないよ……」
 そう言うと、彼女はさっさと歩き出してしまった。
「あっ、待ってよ、麻耶――っ!」
 わたしも慌てて彼女の元へと駈け寄って行く。

 そんなわたし達のはるか上空で……双子の兄弟が、いつまでもいつまでも優しい光を舞い降ろしていた。


 “ CAN WE STILL BE FRIENDS ? ” : OVER


 ■コメント
 この小説も、前作「輝きのままで」と同様、私がまだWebサイトを始める前に書いた、版権モノのSSが元となっています。
 やはり、以前付き合いのあったWeb上の知人へ、誕生日プレゼントとして送ったものでした。

 4年以上経ってから、こうやって改めて読み返してみると、あの頃はよくもこんなにいろんな雑学を調べあげたものだなぁと感心します。
 参考にした資料は、かなりの数に上った記憶が……。
 やはりこれくらいしないと、なかなか内容の濃い作品にはならないですね。

 なお、タイトルはトッド・ラングレンの名曲「CAN WE STILL BE FRIENDS ?(邦題:友達でいさせて)」からとっています。

2007.6.9


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